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日本各地の蕎麦(中部地方その6)
長野県2
高遠そば(長野県伊那市):会津松平家の初代藩主保科正之は大変なそば好きだったと伝えられており、また二十数年信濃国高遠藩との密接な関わりがあり、この地域ではみそ味(みそ+大根おろし+ネギ)のそばつゆ「からつゆ」にて蕎麦が食されていた。その後、保科正之が陸奥国会津藩23万石と大身の大名に引き立てられたことがきっかけで、この「からつゆ」蕎麦の食べ方も会津地方に伝わり、発祥地の名を取って「高遠そば」と呼ばれるようになったが、その名が逆に会津から高遠地区に伝わって「からつゆ」蕎麦を「高遠そば」とも呼ぶようになった。それに対して出汁の効いた醤油味のつゆは「あまつゆ」とも呼ぶ。
本山そば(塩尻市) :本山宿は「そば切り発祥の地」といわれ、その所以は宝永3年(1706年)に出版された「本朝文選(風俗文選)」に『蕎麦切りといっぱ(いうのは)、もと信濃の国本山宿より出て、あまねく国々にもてはやされける』と書かれたことによる。また、本山宿本陣では寛文10年(1670年)6月4日の大名宿泊時に蕎麦切り献上の記録も残っている。この地域では家庭毎に蕎麦打ちの技術が伝えられていたこともあって長らく蕎麦屋が無かったが、本山手打そば振興会の手によって蕎麦屋が開店した。
とうじそば(松本市奈川地区):信州野麦峠周辺の旧奈川村に伝わるそば。まるでしゃぶしゃぶのようなそば。ラーメンのつけめんのようにそばと汁が別で、そばを汁に入れて(投じて)暖めて味をつけてから食する。汁は火にかかったなべに入って(いることが多く)常時暖かくなっており、これにそばを専用のカゴに入れて浸してから食べる。そばを投じるためとうじそばという。なお投汁そばが語源の説もあるがこれは登録商標になっている。わんこそばのように、家主が次々とそばをカゴに入れて暖めて客人におなか一杯食べてもらうことが目的に発祥したとの説もある。

